その1「グロスのカウンターで」

ここしばらく連続エッセーを書けという。髭を伸ばしたり剃ったり、まじめだったりふざけてたりのグロスのマスターK氏は二杯目のコーヒーを入れてくれた。
グロスのブレンドはかなり焙煎が強い。十年前からそれは変わらないが、豆のブレンドのバランスは何度か変えたり、また戻したりしているらしい。世間ではこの五六年、エスプレッソマシーンでいれたイタリア系コーヒーが普通になってきて、一般的に酸味より苦味の強いコーヒーが好まれているが、グロスではずっと前から苦味の強いコーヒーを出している。もちろんドリップで。
僕がいつも座るカウンターの端の席からはK氏の動作がよく見える。先日、ペーパーフィルターの縁を折っていて何が気に入らなかったのか彼はそれを捨ててしまった。変なことにこだわるもんだなぁと思ったが何万回と繰り返してきたその動作の中には彼にしか解らない意味と、それ故妥協できない何かがあるのだろう。
僕はガラス工芸や土の彫刻、それにフレスコ画の仕事をしている。全国の様々な土地で個展をし、そこでは必ず何杯かのコーヒーを飲むから、グロスのコーヒーがかなりうまいということは確信を持って言える。そのうまさをあえて言葉で表すなら、苦味が強く、その蔭に上品な甘さがあって、すっきりしていて、図々しくなく、でも自信もちらっとのぞかせていて、真摯でユーモラス。これではまるでK氏の人格ではないか、というのはもちろん褒めすぎ。
僕がグロスに行くのはもちろんコーヒーのせいだけれどここが特有な時間を与えてくれること、これもある。ここで催される様々な作家の個展、ここに飽きもせず通う人々の生き方、それらが複雑に織り込まれて、日々違った時を感じさせてくれる。
それらの一つ一つを、それと僕の個人的な身辺や見聞をしばらく書いていこうと思う。もちろん遠慮はしない。でも愛情も隠さずに書かせていただくので、失礼承知ながら請うご期待。

 

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