その27「僕のトラウマ」 2006/8.30

グロスマスターKの家のテレビが重体らしい。時々不穏な音を発したり、映像も見て理解できる状態ではないらしい。多分今の日本の現役テレビ中もっともシュールなテレビだろう。
だがKはどうでもいいらしい。元々Kも僕もまったくテレビを見ない。気の毒なのはKのご家族だがそこはさすがKのご家族で、そのテレビ離れしたテレビにすっかり慣れてきたというのだ。おそるべし。
僕はグロスカウンターに座ると先ず「やれやれ」と言った感じで煙草を一本吸う。夏だと何も言わなくてもアイスコーヒーが出てくる。たまにKが気を失っている時は当分ほっておかれる。それでもしばらく待つとはっと正気に戻ってアイスコーヒーをいれてくれる。
それからなんだかとりとめのない気味の悪い会話がぼそぼそと交わされる。当然テレビの話はしない。世間の大人の普通の会話というものがいったいどんなものか知るよしもないがとにかくこの十年ほど僕とKの間でテレビのネタについて盛り上がったことは一度もない。
僕がテレビを見なくなったのはテレビがつまらなくなったからではない。実は僕はテレビが大好きだ。ほっておくと一日テレビを見てしまいそうなので見るのをやめたのだ。だがたまにテレビに出してもらうことがある。だいたい僕の個展がらみだし、テレビ局に行くのも楽しいので喜んで出させてもらう。情報番組とかワイドショーみたいな番組の一コーナーでちょこっとしゃべったり個展の映像を流してもらうぐらいなのだが案外時間がかかる。生放送だから番組の始まる三十分前には行って放送の終わるまでいる。でも運がいいと芸能人がゲストに来ていたりするし、カメラマンやタイムキーパーの若者がテキパキ働いているのを眺めているのも楽しい。僕は人格を疑われるぐらい「あがる」ということがない。だが生放送でしゃべるのはあまり好きじゃない。それは馬鹿らしいほど時間が気になるからだ。テレビのスタジオにはカメラに映らないところにデカイ時計がある。正確に言うならあの時計が気になってしょうがない。本当は出演者がそんなこと気にしなくていいし、時間通りに進行させ、終えるのは司会者の仕事なのだが僕は「こんな僕の話で司会者に迷惑がかかってはいけない」と思ってとにかくさっさと話を終わらせようとしてしまう。
実はそれには苦い経験が原因している。三十年ほど前、生意気でアホな若者だった僕は何本かテレビのCMを作った。スタジオの録音用ブースに僕はギタリストとインチキ英語の上手い友人を連れて入り、居酒屋のCMの音録りをしていた。15秒CMなのだが実際には14.2秒に収めないといけない。ところが何度やっても14.5秒ぐらいになる。「じゃあこうすべ」とか「やっぱこんな感じやで」とかちゃらちゃらやっているうちにすっかり面白くなって、まるで学生が下宿で騒いでいるみたいになってしまった。宴もたけなわ、大いに盛り上がってきたその瞬間、「アンタタチ、イイカゲンニシナサイッ!」とブース内に大音響が鳴り響いた。声の主は当時S放送で最も怖れられていたCM部長のO女史だった。
その時以来僕はテレビ局に行くとあのデカイ時計が気になってしょうがない。
後日談だがOさんは独身を通され、S放送を退職され、数年前に亡くなった。退職後に何度か街でばったり会ったが嘘のように優しかった。あのころ、まだ怖くて優しい大人がいたんだなあ、と改めて思う。僕達は怖くて優しい大人になりそこなった。そのことを今の若者に本当に申し訳なく思う。こんなフンドシの紐の切れたような大人を見て「これじゃあいけない」と襟を正す訳がない。まあ、違った意味で「これじゃあいけない」と思うかもしれないが・・・。
また話が飛ぶが、先日ラジオを聞いていたらその「アンタタチ」の一人のギタリストI君が出ていた。あれ以来音信不通になっていたのだが今でもいろんなシンガーのバックバンドなどをやって活躍しているみたいだった。その番組で彼の新譜がかかった。最初の一音が流れた瞬間僕は彼のギターの音をありありと思い出した。三十年経って当然当時より格段に上手くなっているはずなのに「音」そのものはまったく変わっていなかった。僕の中のまったく変わっていないことってなんなんだろう。それはたぶん僕自身には解らないことなのだと思う。解ったら情けなくて生きていけないかも。
さて、そろそろ帰って仕事をするか、とグロスの壁に掛かった小さな時計を見る。これはただの癖だ。この時計は僕のトラウマとまったく関係がない。僕は居たいだけ居て、しゃべりたいだけしゃべって帰る。ここの時計がいつも五分進んでいてもまったくどうでもいい。やっぱり時計には秒針がないほうがいいね。

 

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