その33「仙台にグロスを見た」 2007/9.27

三度目の仙台ネタ。およそ二年に一度仙台の「めいそうギャラリー」で個展をしているから思えばこのエッセイも随分長く垂れ流しているわけだ。
僕が岡山以外の話をするのは大体個展がらみであり、ほとんどを画廊で過ごしその合間のわずかな時間に見聞したことを書いているのです。その中でも仙台は最も遠方なのでやはり非日常感は一番強いかな。
昔はANAの岡山仙台便があったが今はなく、新大阪まで新幹線、バスで伊丹まで行って飛行機に乗り換えねばならず行き帰りだけでもなかなかしんどい。 さて、今回は飛行機の便の関係で二泊三日の最後の日に結構時間がとれた。仙台の街は多分地元の人にはとても解りやすい設計になっているのだろうが、なにせ人間離れした方向音痴の僕は何度行っても頭に地図を描くことが出来ない。だからいつも適当に歩き回る。運良く素敵な店なんか見つけても二度と行けない。否応なく一期一会の人生である。だが今回はたまたま同じ通りを二日続けて歩いた。
個展初日が終わった夜、画廊主のSさんから教えてもらったピッツェリアに行ってみた。立派な石窯があって薪がちろちろ燃えるのを見ながらパリパリに焼き上がったピザを食べるのは楽しかった。その店では岡山の吉田牧場のチーズを使っていたので「吉田全作は古いダチでよお、俺が可愛がってやったから今のあいつがあるんやで」みたいな大嘘をまき散らし、楽しく虚しくホテルに戻った。
翌日、女性下着専門店の店の奥にあるカフェ、という絶妙なロケーションで何やら落ち着かぬランチをいただき、地に足のつかぬ気分で歩き回っていたらまた前日と同じコースを辿っていたらしく、そのピッツェリアの前に来てしまったが午後の休み時間で閉まっていた。 そこは定禅寺通りという大きなストリートで、道幅は50メートルぐらいはあるだろう。その真ん中にケヤキの堂々たる並木が続き、とても仙台らしい感じのいい街並みである。仙台最後の時間をこの並木を眺めながらコーヒーでも飲んで過ごすのも悪くないな、と思い店を探すことにした。
僕は岡山を離れるとがらにもなくオシャレな店を好む。つまり日常がグロスなので非日常を欲するわけ。だが今回はランチを食べた場所が場所だったのでオヤジ臭い昔ながらの喫茶店、つまり仙台グロス、なんてのもオモロイかなと思った。その手の店を探すのは得意なのだ。そして歩くこと五分。それはあっけなく見つかった。
店の名は珈巣多夢(カスタム)。こんなネーミングは間違いなくオヤジのセンス。それも少なくとも二十年以上前の。二階への狭い階段を登り切ると店のドアがあり、入ると右奥にカウンター席があった。僕がその真ん中の席を指さして「ここ、いい?」と聞くと中の女性は感じよく「どうぞ」と答えた。
僕は初めての店でもカウンターに座る。普通カウンター席というのは常連が座るものなのだがそんなことは無視する。迷惑そうな顔をされても構わない。頑固そうなオヤジマスターだろうと眠そうなギャルだろうと関係なく僕はカウンターに座り、いきなり話を始める。
「ここ、年期入ってますねー。いったい何年ですか?」 こういうぶしつけな客に対しても仙台女は嫌な顔なんか決してしない。 「三十年です」 なるほど、無遠慮に店の隅々を観察するとその年月があちこちにうかがわれた。三十年といえば僕が大学を卒業したころ。思えば大学の近くには必ずこんな店があったっけ。ジャズがかかっていて、単行本の漫画があって、なにやらわけあり風の髭面のマスターがコーヒーを入れていて、カウンターには汚らしい風体の学生が煙草をふかしていて・・・。
「こういう喫茶店も少なくなりましたねえ」
「ええ、仙台にも少なくなりました」
「ほとんどカフェとやらになっちゃって」
「ええ、そうなんです」
本当は僕はカフェも大好きなのだが、まあ成り行き上ここはカフェ文化を嘆く硬骨漢に成りきり、そんな話をダラダラしていると、次々と常連さんがカウンターにやってきた。こうなると僕はますます図に乗って虚実取り混ぜ、我が国の政治状況(阿部ちゃんが辞任表明して一時間後だったのだ)、東西文化論などまことに怪しい会話に精を出した。どうも僕はこういう店のカウンターに座ると歯止めが利かなくなる。自分がビジターであることをすっかり忘れ、満員のホームグランドかと勘違いしてホームラン狙いの大振りをこれでもか、これでもかと繰り出す。だが、さすがにカウンター席が満員になってみるといかにも場違いな感じはいかんともしがたく、植木等先生なら「ハハーン、およびでない?こりゃまた失礼しました!」で一丁上がりなのだが、僕はここの名物の炭焼きコーヒーを100グラム挽いてもらうことにした。
ここ珈巣多夢の三十年もののコーヒーミルは100グラムを挽き終える前に途中で息絶えてしまったが、常連客のご婦人がカウンター越しに一発どつきを入れると息を吹き返し、炭焼きマンデリンの芳香が店内に満ちた。
そして僕は「ほんじゃま、皆さんお元気でー」と無責任な挨拶をかまして珈巣多夢を後にした。 もちろんこんなことは僕が勝手にやっているのだから大いに満足なのだが、なぜかいつものようにちょっとした自己嫌悪と疲労を覚え、僕はすごすごと仙台空港に向かった。この後の話はまた次回。

予告編  イカレた大阪のおっちゃんの団体となにやら  元気のない漂泊のアーティストを乗せた全日空18時50分発伊丹行きは無事着陸できるのであろうか・・・? 

 

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