その36「22年後の野良犬たち」 2008/2.11

昨年暮れの天満屋での個展の何日目だったか、二時間ほどずれて芝君と時光君が会場に来た。それぞれとしばらく話をして近いうちに僕と時光君(以降ときちゃん)が芝君(以降しば)の家を訪ねることにした。
僕達は大学院の同級生で、しばは陶芸、ときちゃんは彫刻、僕はガラスを勉強していた。
僕は心理学の6年の学生生活を終えてその後6年のインチキデザイン事務所経営を経ていたから彼らより8歳年上だった。でも岡山大学教育学部特設美術科を卒業してそのまま大学院に進学した彼らの方が美術に関しては先輩だったから僕は二人に随分世話になった。
僕がやろうとしていた古代ガラス技法に必要なろくろの技術をしばに、石膏取りの技術をときちゃんに教わった。僕は二人に偉そうな口をききながら大事な技術を教えてもらった。そういう関係は僕にはとても心地よかった。まあ当たり前だけど。
僕達三人は滑稽なほど貧しく、しかもちょうどその頃相次いで父親を失ったこともあり、たまたま三叉路ではち合わせした野良犬の友情のようなものが生まれた。 そして22年経ってしばは陶芸家、ときちゃんは美術大学の教授、僕は薄幸のアーティスト。
一月中旬、僕はしばに聞いた住所をときちゃんに電話し、昼頃しばの家で落ち合うことにした。
「手土産は、まあ、その辺に落ちてるものを適当に拾っていく、ということで・・・」 「は・は・は、わかりました。適当に拾っていきます。」 僕は落ちていたウイスキーとグロスのコーヒーを携え、12時過ぎに岡山市の北部に隣接する新興住宅地に着いた。しばがこの地に引っ越して来てもう一年ちょっとになるが僕もときちゃんも訪れるのは初めてだった。
一年ほど前、僕は岡山のギャラリーやぶきで個展をしていたのだがその時誰かからしばが家を買ったと聞き、思わず「えっ、うっそー!」と大声をあげてしまった。その直後に当のしばが来た。
僕は「しばっ!ちょっと来い、そこに座れ!」と声を荒げ、その聞き捨てならぬコトの顛末を聞き出そうとしたのである。
どうやって正真正銘、純血種ビンボー人のしばに「家」なるものが転がり込んだのか、あるいはしばが転がり込んだのか。
だがしばの口からは「現金で買ったんでっせ」「水洗トイレでっせ」「床はフローリングでっせ」「二階のカラオケルーム、ミラーボール回るんでっせ」と何やら気持ちの悪い自慢話がとめどなくたれ流されるばかりであった。
到着した僕とときちゃんをしばはまるで伝統的怪しい不動産屋のごとく一部屋ずつ馬鹿丁寧に案内してくれた。 一階はかつて何かの店舗であった土間を改装した工房、ダイニングリビング、それにしばの寝室(布団の上には妙にゴージャスな猫が寝ていたがご近所のお医者さんが飼っているアメリカンショートヘアーだとか)。二階にはゲスト用の寝室が二部屋、カラオケルームだったという20畳はありそうな作品展示室、もう一つ部屋があったと思うがとにかく一人暮らしのビンボー人にはどうしようもなく広すぎる家だった。
なんだかその「家」というもの自体がしばに似合わなくて一部屋見る度に笑ってしまった。
しばは加古川でお好み焼き屋を営んでおられたお母さんの唯一のかたみである鉄板ですじ肉入りお好み焼きを焼いてくれた。車で来たときちゃんと僕はノンアルコールビールやお茶、しばはビールで乾杯をした。
思えば大学院を卒業して22年、無一物の野良犬が三匹とにかくこうして生きているだけでも乾杯の値打ちは十分にあった。
しばにはしばの、ときちゃんにはときちゃんの、僕には僕の22年間があり、滅多に会うことはなくなっても同じ根から育ったみょうちくりんな三本の木であることはずっと思い続けてきた。母上譲りのしばのお好み焼きを僕達が食べ終えるまでにしばは猛烈な勢いであれこれのアルコールを飲み続け、気がつくと止める間もなく昔と同じたちの悪い酔っぱらいに化けていた。
「俺はやっぱり一人がええんよ、寂しいけどな、一人がええんよ」
「ときちゃんが俺に物作りがなんかちゅうことを教えてくれたんや、いやホンマ、ときちゃん偉い思うわ」
「俺、忘れられんわ、笠井山に行った時俺が落ちてた百円玉見つけて喜んで拾おうとしたら、一瞬早く矢野さん足で踏んどったもんなあ」
「俺はな××××ΟΟΟ???なんやで、あのな¥¥¥♯♯♯※※※………・・・」
冬の陽が落ちかけた頃、僕とときちゃんは降り出した雨の中にトトロのように佇む酔っぱらいを残して帰路についた。
確かにときちゃんは昔から自分のやるべきことをちゃんとわかっていてその為に今日何をしたらいいのかわかっている立派なやつだった。しばは昔も今も酔うと手に負えないが何故か誰からも好かれるやつだった。
勤め帰りの車で渋滞し始めた道を反対方向に走りながら「僕はどうなんだろう、何かあの二人にない取り柄があるんだろうか・・・」などと薄幸のアーティストは考えていた。 『道に落ちてる百円玉を誰より早くみつけられる、ぐらいかな』 ただしあのエピソードにはしばの記憶違いがある。あの山道に落ちていたのは百円玉じゃなくて五十円玉だった。絶対に!

 

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