その45「我が思想」 2009/7.15

神戸の個展の後倉敷の工房イクコでの個展、京都のA3Internationalでのワークショップが最近の主な仕事だ。 どちらもたくさんの新しい出会い、懐かしい再会があり、ここに書きたいことは豊富にあった。でも日記じゃあないのだからあったことを全部書くのは芸がない。
はて、これは芸なのかという疑問もあるけれどとにかくそれらのことは書かないことにする。それら一つ一つの場面は僕の大事な宝物だ。グロスマスターKにはあれこれ虚実ぐちゃ混ぜにしてカウンター上に吐き散らしているがこれはKがほとんど聞いていない、もしくは覚えていないので何でもしゃべれる。すっきりできる。
そこで今回は思想的な話をしよう。もちろん今の僕は思想と呼べるほどのものは持ち合わせていない。だからそれはまだ僕が日々の生活に追われるよりは明日の自分と明日の世界を思想できていた遙か昔のことだ。
函館中部高校三年の三学期、受験を間近に控えてクラスの仲間達は寒々とした教室でみんな硬い沈んだ顔をしていた。今みたいに推薦入試という制度が普及していなかったから受験は年が明け、一月の末あたりからが本番で三月頭の国立大学入試が本番だった。そんな時期僕はクラス会の議長をしていた。議題なんてあるはずがない。クラスのことよりみんなおのれの入試のために一分でも惜しいと誰もが思っていた。
「何か議題がありますか?」あるはずがないことを承知で僕は聞いた。
「何もないようなので僕が提案します。みんな資本主義と社会主義、どちらがいいですか?」
みんなが暗い顔を上げ『このノー天気野郎・・・』という目で僕を見た。担任のH先生も呆れたように僕を見たがすぐに諦めたように目を閉じ、居眠りのふりをした。
気まずいクラスの雰囲気にも構わず議長の役割も無視して僕は勝手に演説をぶち始めた。内容はいたって幼稚で単純。要するにこんなあほくさい我々の受験生活は資本主義の競争原理のせいじゃないのか、我々はただ正体も知らされずに訳のわからないお化けに脅かされ、踊らされているだけじゃないのか、ということだ。
僕の一方的な演説が終わると今は医者になって函館で開業しているY君が反論した。
「競争がなければ進歩もないべさ」
「何のための進歩だよ」
みたいな子供っぽい議論がいつのまにかじわじわとクラスに広がり、意外なことに時間の終わりまで結構白熱した。僕はそれで充分満足した。とにかく俺達は無抵抗で従順で馬鹿な羊の群じゃあねえぞ、と思いたいだけだったんだから。
さて、それから数ヶ月後クラスの仲間は日本中にバラバラに散り、僕は開通したばかりの山陽新幹線に乗って岡山にやってきた。
僕は大学近くの美容院の二階に下宿していたがそこの風呂に入るためには大家さんの飼っているよく吠える犬のそばを通らないといけない。僕はその犬が嫌いで、自転車で五分ほどのところにある「K湯」という銭湯によく行った。
そこは学生街から少し離れていたので学生よりは近くの住人が多かった。僕は親元を離れて世間の多様さをその銭湯で初めて知った気がする。よく見る常連の中に今でもありありと思い出す客が三人いた。
三人に共通しているのはいつも一人で来ているということだけだったが夕方の早い時間によく会ったのは小柄な老人だった。無口で頑固そうな老人ならいまでも銭湯にいくとよくいるがその老人の特徴は背中だった。首のあたりからお尻近くまで一面に見事な彫り物があった。正確に言うなら見事であったであろうと推測されるというべきか。とにかくしわくちゃで本来の絵柄が判読できない。それはそれはシュールなアートを背中に背負ってその爺さんは時々風呂屋の天井を見上げていた。彼の周りにはいつも人がいなかった。よく銭湯やサウナの入り口に「入れ墨お断り」という表示がしてあるがそのK湯にはそんなことは書いていなかった。
夜の一番賑わう時間に来ていたのが「走る男」だった。文字通りいつも走っていた。といっても銭湯内を走り回るわけではなく、いつも同じ鏡の前で勢いよく足踏みをするのだ。タオルでねじり鉢巻きをし、もちろん全裸である。はっはっはっと息も荒くかなりのスピード(?)で走り続けるのだがそのはっはっはっの合間にペタンペタンペタンと合いの手が入る。男子ならもうおわかりであろう。左右にぶんぶん振り回されるスティックが股の辺りに正確なビートでたたきつけられる音である。
ハッ ペタン ハッ ペタン ハッ ペタン・・・・
彼の周りにも人はいなかった。
閉店近くに行くと若い男によく会った。でも学生ではなさそうだった。何の仕事をしているのか見当がつかなかったし今でも想像できない。彼は風呂の中では全然目立つ存在ではなかった。彼が周りの視線を釘付けにしたのは脱衣所でだった。彼が他の客と違っていたのは下着だった。たいていがピンクで可憐でセクシーな女物の下着をはいていたのだ。少しもじもじと、でも周りをじらすようにしなをつくって片足ずつゆっくりと脱いでいく。脱いだ下着を丁寧に畳んで脱衣かごにいれながら恥じらうように辺りを見るのだ。
『目が合うとまずい・・・』と僕は本能的に目を逸らす。
彼も今頃は還暦に近いはずだ。元気かなあ。
さて、そのK湯とは別に僕がよく行ったのが「G温泉」という銭湯だった。
そこは昼頃には開店していたから徹夜明けの昼などによく行った。そこはどういうわけか共産党が経営している銭湯だった。K湯とは全然雰囲気が違っていて明るく清潔、早い時間に行くことが多かったせいもあるだろうが記憶に残るような客はおらず、湯船に深く浸かって自己嫌悪の毒にのぼせて溺れそうになっている僕自身のことしか思い出せない。
僕の中で資本主義と社会主義の違いという命題はその二つの銭湯によって回答が与えられた。経済学者や学生運動家の理論からではなく、初めての一人暮らしの中で犬に追われるように通った二つの銭湯の違いを通して勝手になるほどと納得してしまったわけである。
僕にとって今でも社会主義は輝ける一つの理想主義である。だが、理想が現実化した時、それは人間というやっかいな生き物のもっとも弱い側面を目の当たりにすることになるのかも知れない。理想は捨てられないが理想が現実化することは願っていない。数十年生きてきて僕が得た「思想」とはとどのつまりこんなものなのかも知れない。
人間動物園のようであったK湯は僕の卒業後まもなく廃業した。僕にとっての今のK湯がグロスなのかもしれない。
いつも居眠りしていた番台のおばちゃんがグロスマスターKで、入れ墨爺さんがあの人で、走る男が彼で、下着男があいつで・・・
 ナルホドなあ・・・納得。

 

もどる