その47「幻のアンコール」 2009/12.1

ちょうど一年前の2008年12月、岡山にベルリンフィルが来た。嘘でも夢でもなく本当にサイモン・ラトル指揮のちゃんとしたベルリンフィルが来た。僕は行ってない。僕はクラッシック音楽がさっぱりなのだ。もう何十年も『いつかクラッシック音楽が楽しめるようになったらいいなぁ』とボンヤリ願をかけてきたのだが未だ御利益はない。だからこの話は僕の絵の弟子というか、仲間というか、要するにK診療所という心療内科に通っているN君から聞いた話である。ちなみに僕はそこの美術の講師なのだがほとんど利用者と区別はつかない。
N君は頭もいいし気は利くし本当にナイスな青年なのだが、でも何か彼の中に自分の思うようにならないやっかいを抱え込んでいるのだろう。僕にはよくわからない。N君は美術も好きだがそれ以上に音楽が好きで、回転寿司のアルバイトで貯めたお金をはたいてベルリンフィル岡山公演のチケットを手に入れた。その公演のS席はなんと42000円!!不思議なことに全国五カ所の中で岡山だけが他より高いのだ。N君はA席36750円で我慢したがそれだってもの凄い値段である。二時間ほどで36750円なら風俗も顔負けだ。そのどっちを選ぶか、という話をしたいのではないので話をベルリンフィルに渋々戻すが、とにかくN君がどんなにその日を待ちわびたかは容易に想像ができる。
さて、コンサートの終わった次の美術の時間に僕はN君に尋ねた。
「どやった、ベルリンフィル?」
「凄かったです。天国にいるみたいでした」
「そらあえかった、えかった。そいで曲目は?」
「ブラームスの三番と四番でした」
「わ、豪勢やなぁ、俺はクラッシック音楽はさっぱりやけどブラームスはええなぁ、好きやなぁ。ほならアンコールはなんやった?」
「それがアンコールなかったんです」
「え?どういうこと?」
「サイモン・ラトルさんがカーテンの向こうにひっこんでもう一度出てきた時、一番前のあたりのお客さんがもうぞろぞろと帰ってたんです。ラトルさんはちょっとびっくりしてこんなポーズしてました」
N君は両手を広げて肩をすくめる仕草をした。
僕は一瞬なんだか怒りのような恥のような、言いようのない気分に言葉を失ってしまった。ここからは僕の想像である。
今回の岡山公演は地元テレビ局のOHK開局40周年記念の一大イベントであった。そんなことでもなければ来るはずがない。ベルリンフィルのギャラがいくらか見当もつかないがまあ顎足つきで一カ所数千万ぐらいかな。岡山ではその何分の一かをOHKが受け持ったのだろう。あるいはOHKそのものがプロモーターだったのかもしれない。とにかく一番いい席あたりを陣取っていたのはOHK重役、その家族、それに大手のスポンサー関係者というような顔ぶれであったはずだ。カーテンコールの最中にさっさと席をたって帰りを急いだのは彼らである。まあ、偉い人達は忙しいのだろう。そうでなければ身銭を切ってコンサートなんてものに行ったことがなくてアンコールの習慣を知らなかった、とか。あるいはものすごく耳が肥えていて、その日のベルリンフィルの出来があまりに悪かったので抗議の意志を示すべくこれ見よがしに席を蹴っ倒したのか。もしくはただただ退屈していたのか。ちょっとでも早く会場を出て美味いもんでも飲み食いしたかったのか。もしかしたらそのVIP達の秘密の集会がその後行われたとか・・・。これらは繰り返すが僕の想像である。
あれこれ想像力にねじを巻いて暴走していたら、ふと一つの僕の経験を思い出した。
もう十年ぐらい前のこと、僕は岡山のTデパートで個展をした。搬入の日、時間通りに会場に行ってみるとまだ前の展覧会の片づけが済んでいなかった。作品はそのまま残っていたので僕はお客さんのいない会場を独り占めして暇つぶしに端から作品を鑑賞させてもらった。それはMさんという今の日本陶芸界の重鎮の個展で、作品数は二十点に満たなかったと記憶している。驚いたのはそのすべてに赤丸がついていた、つまり完売していて、その値段がどれも数百万円ということだった。僕の数十点の作品全部とMさんの一点が同じである。僕はギシギシと奥歯をかみしめながら、それでも義憤にかられその赤丸付の作品カードを片っ端からひっくり返してみた。そこには買い主の名前が書いてある。こんなことは普通の作家はしない。はしたないことは承知の上である。
『誰やねん?』という好奇心というかやっかみというか、まあ気分だけはご理解頂けると思う。そこに書いてあったのはすべて個人名ではなく会社名だった。その中には今回の話題の主であるOHKもあった。
会社が会社にものを売るのが悪いとは言わない。でも会社がものを欲しがったり、ものを集めたりするはずがない。いわゆる「お付き合い」だ。Mさんには関係ない話かもしれない。だが果たしてそれらの作品は正当に評価されたことになるんだろうか。その作品の移動のどこに「感動」が存在するのだろう。お金は確かに大量に移動した。そうでなければ会社同士の「おつきあい」にならない。僕の作品が会社間で移動したところで貸しにも借りにも借りを返すにも、何にもならない。数百万円だから意味があるのだ。
僕は個展初日を前に早くも何とも言えぬ無力感にへたりこみそうになった。
もし、今回のベルリンフィルアンコールの一件にもこんな「おつきあい」の力学が影響していたとしたら、やはり僕は許す気にはならない。何を、といえば彼らの行為はN君からベルリンフィルライブのアンコール曲を聴く権利を奪ったのだから。
多分もう二度と、少なくともサイモン・ラトル指揮のベルリンフィルは岡山に来てくれないと思う。文化には確かにお金が必要だし、スポンサーは大事だ。だがその文化の現場で何をしてもいいわけではない。そのことが許せない。
もし、許して欲しいなら今年の年末12月23日からのTデパートでの僕の個展で、各社一点ずつ僕の作品を買いなさい。そしたら気持ちよく許してあげよう。きれいさっぱり忘れてあげよう。手ぐすね引いて、揉み手しながらお待ち申し上げソーロー。

 

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