その52「東海道漂泊記」 2010/10.4

「四日市って人口どのくらいですか?」
「ははは、本当に聞いたわ」
運転していた満50歳の女性が笑った。後部座席のWさんも可笑しそうに笑っている。助手席の僕は二人を交互に見て少し照れた。「おかしいですか?」
「男の人は知らない土地に行くと必ず人口を聞くって聞いてたから本当に聞くんだ、と思って」
運転中の女性はまだ笑っている。確かにこういうデータ集めは男の人しかしないかもしれない。僕は個展で日本中のあちこちに行くととりあえずその街の概略を知ろうとする。その質問項目に人口というのは必須だ。
「人口知ってどうするの?」
「だいたいの街の規模、ですよ。面積聞いてもしょうがないでしょ」笑いの花火に引火したのかまた二人の50女性は笑い出した。

その日のちょうど正午頃僕は三重県四日市市に初めて降り立った。最初に個展のオファーをいただいたのが去年。ギャラリー雲母(キララ)のオーナーWさんとはその後僕の大阪での個展会場でお目にかかっているがこの街に来たのは初めてである。名古屋で新幹線から近鉄に乗り換え西に30分ほど引き返したあたりに四日市はある。
名古屋は僕が生まれた場所だからこの辺りはまったく無縁の土地ではないけれど駅を降りてみてもどうも街の雰囲気がつかめない。個展のDMの地図を頼りに歩き始め、建物や道行く人を観察するが「ナルホド」と腑に落ちるものが何もない。別に調査に来たわけではないから腑に落ちなくってもいいのだけれどいわゆる旅情のようなものがわいてこないのだ。気がついたことと言えばやたらに道路が広い。駅からまっすぐのびている幹線道路らしいから片道3車線の車道はともかく驚くのは歩道が無闇と広いことだ。歩道だけで3車線分ほどある。ボーリングのレーンが10本はとれる。何となく不安になるほど広い。歩行者はほとんどいない。
さすがに広すぎたな、とお役人も考えたのか一番車道側にいかにも間に合わせ的に自転車専用レーンが設けてある。自転車と歩行者の事故が多発して今全国でこれがブームみたいだが東京などでは車道を削って造ってあるので駐車車両をよけながら走るとかなり怖い。四日市の場合はものすごく安全である。全く必要ないぐらい安全である。たぶん目をつぶって自転車を走らせても滅多なことではぶつからない。そんな愚にもつかないことを考えながら銀行、ホテル、文化会館みたいな街並みを10分ほど歩いたところにギャラリー雲母はあった。一階に花屋さんがあり横の階段を上がったところに美容院、その隣がギャラリーであった。
ドアを開けるとコーヒーの香りがした。四人ほど座れる短いカウンターになかなか立派な感じの男性が座っている。もう一人女性が作品を見ている。カウンターの中のWさんに挨拶をし、二人のお客さんにも会釈をして僕もカウンターに座った。
初めて見る空間に自分の作品が品良く飾ってあるのを見るのはいいものだ。これも作家という仕事の喜びの一つである。僕は遠方の個展の場合、だいたいギャラリーの人に展示をお任せする。それで失望したことはない。
Wさんがカウンターの男性を紹介してくれた。Wさんの高校からのお友達らしい。しばらく話をするがなかなか話題が楽しい。
個展初日というのはかなり緊張する。何度もやっているギャラリーでもまったく同じだ。最近の僕の仕事が誰かにとって魅力のあるものになっているのかどうか、それはだいたい初日に答えが出る。でも今回はWさんの入れてくれたコーヒーのお陰かすぐに緊張はだらしなく溶けてしまった。もちろん売れなければがっかりするし生活も行き詰まる。それでも『まあそれならそれでいいや』という境地に早くも達した。これではグロスカウンターにいるのと同じだ。
結局その後も数人のお客さんが来ただけで初日の閉店時間が近づいた。正直言ってもう少したくさんのお客さんを予想、期待していたから幾分気分は沈みかかっていたのだがそれを見て取ったかのようにWさんが話を始めた。
「実はうちのお客さん、少し変わってるんですよ。作家さんが会場にいると恥ずかしがってあまり来ないんですよ」
「ヘーエ・・・」ヘーエとしか言いようがない。そんな話は初めて聞いた。どこのギャラリーでも作家に少しでも長く会場に詰めて欲しがる。だから最近のDMには作家在廊日というのが書いてあることが多い。僕は画廊に行くのは嫌ではないのだが長く居るのが苦手なので大抵初日、二日目までしかいない。そのことをいつも申し訳なく思っているのだがここは作家がいないほうがいいようなのだ。
Wさん曰く、このギャラリーは21年になるが最初の数年は作家を呼ばずに個展をやっていた。しかしある時何度目かの作家さんに「行ったらあかんの?」と聞かれた。「あかんことないけど・・・」というわけでそれからは来たい作家さんは来るようになったとか。
作家という人種は確かに変わり者が多い。どこか故障しているのかと思うほどよく喋る人もいればやはり故障中なのかと疑うほど無口な人もいたりで色々だが自分の制作のことになれば結構喋る人が多い。自分の個展であればそういう「自分を理解させたい」欲求と同時に仕事の一部でもあるのだからわりと積極的に喋ってくれる。それが普通聞けない内容の話だからお客さんも喜ぶ。それが当たり前だと思っていたから四日市には意表をつかれた。『恥ずかしいのかぁ・・・』

最近恥ずかしくない人が増えた。例えばテレビの街頭インタビューなんかされても無遠慮に突き出されたマイクにたじろぐこともなく洒落た受け答えをしたりする。あれはカラオケ以降の現象かもしれない。昔は人前で喋る、まして歌を歌うなんて一世一代の腹をくくらねばできぬ芸当だった。今スナックなんかで回ってきたマイクに一々恥ずかしがっていたらとんでもない田舎者扱いをされる。みんな場がシラケることを命がけで避ける。カメラを向ければ誰もが芸人化する。マイクを向ければ歌手かコメンテーターに瞬間変身する。照れたり戸惑ったり怒ったりすると場の空気が一気に悪くなる。いや、悪くなるのではと怖れている。瞬間の反応がその人の社会性を測る物差しになっている。誰もが疲れているのに誰も止めない。
そういう国になったんだなぁと僕は時々グロスカウンターで煙草をふかしながらグロスマスターKの無愛想な髭面を眺めることがある。時代から一抜けた人間が遠慮なく溜息をつける場所。何もないけれど何にも追い立てられない場所。そこに美味いコーヒーがあればそこがサンクチュアリではないか。
そんな胃の上のあたりにずっと重くしこっていた嘆きのようなものが四日市に来て少し柔らかくなっていた。
『そうかぁ、ここに来てずっと感じていたつかみ所のない感じ、というものの正体はこの恥ずかしい、という懐かしい気分だったのかなぁ・・・』
僕は自分が手土産に持ってきた大手まんじゅうを食べながらグロスにいるのと同じ解放感を覚えていた。
そこに件の50歳女性が現れ彼女の小さな車にWさんと僕を乗せてイタリアンレストランに向かっている、というわけである。
さて、三日目以降に奥ゆかしい四日市のお客さんがつめかけたかどうか、はわからない。
恥ずかしがり屋がまだ絶滅していない四日市、意外と奥が深いようでもある。奥は深く歩道が広い。四日市、悪くないかも・・・。
 

 

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