その77「 エッセーinエッセー」 2021/12.17

時間というものを考えていると果てしない堂々巡りに陥る。と言っている間にも時間様はこちこちと無表情に同じ速さで経過しているし人間ごときがそれを操作などできない。
今僕は岡山天満屋の美術画廊のソファーに座っている。個展二日目。どこにいても同じ速さで過ぎていっているはずの時間だが自分の個展会場に流れる時間は遅い。家に居れば仕事をしたり食事の支度をしたり猫のお世話をしたりして気がつけば夜になっている。そしてまた食事の支度をしたり仕事をしたり猫のお世話をしたりして一日が終わる。画廊ではほぼ座っているだけなので時計の針が疲れているのかなと思うほど時の流れが遅い。ならば日頃していないことでもしてみるか、ということでグロスカウンターを書き始めた次第。
かといっていざ書き始めてみると特に面白い話もない。会場をふと見回すと先ほど入って来られた中年の御婦人が何やら熱心に見ていて下さる。「ほほー、どの作品がお気に召したのやら」と視線の先を見るとそれは作品ではなくパネル張りした僕の文章だった。

僕の天満屋での個展をご覧になったことがある方はおわかりだろうがここは会場が広いので毎回作品の間に僕の短いエッセーを展示するのが慣例になっている。今回はその四つの文章をここに転載してみる。



美しいものをつくりたい、描きたいと考えてきた。
でも何が美しいのか、それは真夏の逃げ水のように
追ってそこへ行ってみると何もない。

最近思うのは「美しい」と「悲しい」とは似ている、
あるいはかなりの部分重なっている、ということだ。

同じように「可愛い」と「可愛そう」も似ている。

これは僕が猫から学んだことの一つである。


若い頃「開高健」が好きだった。
僕が何を悩んでいてもわからないことがあっても
正しい答えを知っている、そんな存在だった。
もちろん面識もないし質問をしたことなどない。
それでも開高健がこの世にいるだけでちょっと安心して
生きていける、そんな気持ちを感じていた。
だが彼は1989年58歳で亡くなった。
その時僕は36歳。

歳をとることは嫌ではないし同じように時代を生きてきた歳の
近い友人は大事である。
しかし僕のわからないことをあの人ならきっと何でも知り、
わかっているはずだというのはやはりうんと歳の離れた人でないといけない気がする。

自分が歳を重ねていって唯一残念なのはそんな人がいなくなるということだ。

それが本当に大人になる、ということかもしれない。


冬になり風が強い日には無数の木の葉が落ち、舞う。
それはシャンソンの名曲「枯葉」のように情緒的な風情ではなくブラームスの交響曲のように激しく果てしなく続く激情のうねりのようだ。

天上から眺めたら僕達の一生など一枚の木の葉のようなものかもしれない。
風が吹かなければ時を待って静かに地面に落ちる。
風が吹けば未練を残しながらも枝から引き離され
舞いながら遠くまで運ばれていく。
どちらがいいのかはわからない。

庭の木蓮や楓の木が葉を落として枝だけになり遠くに瀬戸内海が見えるようになると縁側に腰を下ろして僕はどの葉っぱなんだろうと
毎年考えてしまう。


僕の家は正面以外の三方をイノシシ除けのフェンスに囲まれている。7年前この家に越してきてしばらくたったある夜初めてイノシシの鳴き声を聞いた時は全身総毛立った。
フェンスのすぐ向こう側から闇を震わせて響いてきたのはまさにケモノの咆哮だった。
それでも何度か聞いているうちに慣れてしまった。

先日伸び放題になっていた草を刈っているときにフェンスの向こう側、いつも声がするあたりをそっと覗いてみた。
そこに広がっていたのは予想外の光景だった。

草は手入れの届いた芝生のように短く揃えられ木漏れ日の差し込む八畳間ほどの空間はフェンスのこちら側よりはよほど清潔で居心地の良さそうな暖かそうな場所だった。
その真上には枝もたわむほどの柿が実り、夏にはすももがたっぷりと実をつけるはずだ。

それ以来夜にイノシシの声を聞くと家族が揃ってディナーを楽しんでいる夕餉のおしゃべりに聞こえる。

「楽園」という言葉が僕の頭に浮かんだ。

この個展の搬入日は火曜だった。天満屋の搬入口で作品を画廊の人に預け僕は展示作業の始まるまでの一時間ほど何をしようかと考えたがこういう時に時間をつぶす方法がグロス以外に浮かばないのでコーヒーを飲むことにした。

カウンターに座るとグロスマスターKは人を食ったようないつもの顔で僕をちらりとみると「今日天満屋定休日ですよね。展示は昨日終わったんですか?」とお尋ねになった。僕はKの言うことが本気なのか彼なりの見事に演じきった冗談なのかが未だにちゃんと判別できない。一瞬「アホ」という言葉をなんとか飲み込んでその尊顔を観察したのだがどうやら混じりけなしの本気らしい。
「あのな、天満屋に定休日があったのは大昔のことやで」
「またー、嘘でしょ」
「お前は凄いわ。世間と違う時間を生きていてそれ自体がわかってない。立派やなぁ・・・」
個展が始まり僕は天満屋の何人かの人にいったいいつ頃まで定休日があったのかを尋ねてみたがどなたも知らなかった。しかし少なくとも20年以上前であるのは間違いないらしい。
Kにとってこの長い時間はいったい何だったんだろう。地元のデパートが営業していようが休んでいようが何の関心もなく何の関係もなく見事に独立(孤立)した独特のものであったのは確かである。
僕も我が身を振り返ればさほど常識のある人間ではないがKの顔をコーヒーの湯気の向こうにぼんやり見ながら『よかった・・・』と何故か安堵の気持ちがじわじわ沸き上がるのを感じていた。
感謝!

 

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